円安の流れが止まりません。
9月22日に政府・日銀が市場介入したときのドルに対する円の安値が1ドル=145円90銭。それから1か月とたたないうちに4円以上円安が進み、とうとう10月20日、一時1ドル=150円を超えました。
2011年につけた円の最高値から通貨の価値はおよそ半分に目減りしたことになります。
何が為替市場を動かしているのか、その要因を時系列を追って説明します。
(アメリカ総局記者・江﨑大輔 / ワシントン支局・小田島拓也)
※日時はすべてアメリカ東部時間
目次
なぜこんなに円安が進むのか?
よく聞くと思いますが、やはり最大の要因は日本とアメリカの金利差です。
アメリカは記録的なインフレを抑え込むために急速な利上げを続けていますが、日本は長期金利をゼロ%程度に抑える大規模な金融緩和を続けています。
金利のつく通貨はよりもうけられるから投資家からするとうまみがある。よってドルを買う動きが世界中で広がり、その反動で円が売られるわけです。

アメリカの雇用やウクライナ情勢が円安に影響?
9月22日
日本の政府・日銀が市場介入したあとはさすがに投資家のあいだで警戒色が強まり、円安が進むスピードはゆるやかでした。
10月7日
相場の流れを変えた要因の1つがアメリカが7日に発表した9月の雇用統計です。
失業率が低下し、就業者数や賃金の伸びも依然として高い水準にあると受け止められ、FRB=連邦準備制度理事会は景気を冷え込ませるおそれのある大幅な利上げをちゅうちょなく行えるとの見方が強まりました。

10月10日
さらにウクライナ情勢の緊迫化も、円安に拍車をかけました。この日、首都キーウをはじめ各地でロシア軍による大規模なミサイル攻撃があり、死者が出たほか、インフラ施設も被害を受けました。

ロシアのプーチン大統領は、一方的に併合したウクライナ南部クリミアとロシアをつなぐ橋で起きた爆発に対する報復措置だと主張し、金融市場にも緊張が走りました。こういう有事のときに強いとされるのがドルです。
10日、日本は祝日でしたが、ロンドン外国為替市場では「有事のドル買い」も円安を後押ししていったのです。
G7は為替問題で一致したはずでは?
10月13日からアメリカ・ワシントンではG20の財務相・中央銀行総裁会議が開かれました。

10月12日
この会議に先立って12日に開かれたG7=主要7か国による会合には鈴木財務大臣と日銀の黒田総裁も参加しました。
G7の会合後に発表された声明では「ことしに入って多くの通貨の変動が激しくなっていることを認識している」として、このところの為替市場の動きに懸念を示しました。そして「金融市場の動きを注視していく」と表明。
日本の政府内には、「G7声明は通貨の急激な変動をけん制する意味で支えになるのではないか」と期待を抱く関係者もいましたが、淡い期待は市場によってすぐに打ち砕かれます。
CPIショックとは?
10月13日 午前8時半
アメリカの9月の消費者物価指数が発表されます。消費者物価の英語、Consumer Price Indexを略してCPIと呼ばれています。9月のCPIの結果は前の年の同じ月に比べて8.2%の伸び率となりました。
8%程度の伸びを見込んでいた市場予想を上回り、7か月連続での8%台。さらに市場で話題をさらったのは変動の大きい食品やエネルギーを除いた、いわゆるコア指数です。
コア指数の上昇率は6.6%となり、上げ幅は1982年8月以来、およそ40年ぶりの水準となったのです。

なぜコア指数に注目が集まったのか。
今のアメリカのインフレは原油価格などエネルギー価格の高騰が大きな要因ではないのかという見方は最近まで専門家のあいだでも根強くありました。しかし、それを除いたコア指数でみても40年ぶりの水準ということは深刻な人手不足を背景にした賃金上昇が大きな要因ということになります。

エネルギー価格が下がったところでインフレは解消しない、より根深い問題だということがこの日、改めて浮き彫りになったわけです。
市場は「CPIショック」に素直に反応しました。このような根深い問題なわけだからFRBは大胆な利上げを続けるだろうとの見方からドル買い円売りが強まり、1ドル=147円台後半まで値下がり。1990年以来、およそ32年ぶりの円安水準を更新しました。
人々はインフレが続くと信じ始めている?
インフレというのはすぐに終わればいいのですが、人々が物価上昇が長く続くぞと信じ込んでしまうとインフレが定着してしまい、押さえ込むのが難しくなると言われています.
消費者が将来のモノとサービスの価格をどう予想しているか。これを専門用語で「期待インフレ」と呼びます。
およそ40年前の記録的なインフレを退治したFRBのボルカー元議長は「インフレは自己増殖してしまう特性があるので、安定した雇用と生産的な経済を取り戻すためには期待インフレの上昇を止めないといけない」と述べ、人々が物価上昇を信じ込むことの怖さを警告しています。

10月14日 午前10時
消費者が将来のモノとサービスの価格をどう予想しているか、ミシガン大学が毎月、期待インフレを調査しています。「ミシガン大学消費者態度指数」という経済指標で、10月は、1年後の物価予想が5.1%に上昇、前の月を0.4ポイント上回りました。
FRBのパウエル議長は、ポルカー元議長の警告に従い、このデータを重視しています。
前述したとおり人々が「ずっとインフレが続く」と信じ込んでしまうと、どんどん物価が上がっていく、負のスパイラルに陥ると考えているからです。
14日に発表されたこのデータが7か月ぶりに上昇に転じました。インフレがさらに進むという消費者の心理を抑えこむため、FRBが利上げを継続するという見方が広がり、1ドル=148円台後半まで値下がりしました。
アメリカ政府はどうしようとしているのか?
これだけドル高が続けば、アメリカの輸出企業にダメージが及ぶはずだ、あるいはドル独歩高で世界各国が通貨安に見舞われるのは世界経済にも悪影響となるので、アメリカ政府も内心、ドル高は止まって欲しいと思っているのではないか。アメリカの専門家の中にもこのような見方をする人もいました。
10月14日 午後1時半
しかし、「ミシガン大学消費者態度指数」の発表から3時間半後、イエレン財務長官の記者会見がありました。

イエレン長官は、冒頭、13日に発表された消費者物価指数について触れ、
「物価の上昇を抑えこむために、私たちにはまだやるべき多くのことがあることを示している。
インフレ抑制は、バイデン大統領の最優先の経済政策であることに変わりない」と述べました。
そして、記者から「ドル高について、各国の懸念をどう聞いているか」という質問に答える形で、イエレン長官は「多くの通貨に対するドル高は、私たちが直面している(インフレの)衝撃の度合いやどういった経済政策をとっているかなどを反映している。ドルにとって為替レートは市場で決まるのがベストだというのは私の立場だ」として、ドル高を容認し、協調して市場介入を行う考えはないことを示しました。当たり前の発言といってしまえばそれまでですが、市場が一定方向に傾いているときには、こうした当たり前のことや繰り返しの発言内容であっても材料になることがよくあるのです。
バイデン大統領もドル高容認か?
10月15日午後6時半ごろ
バイデン大統領は訪問先のオレゴン州で、記者団の質問に答えました。

このなかでドル高を懸念しているかどうかを尋ねられて「ドル高は懸念していない」と述べるとともに「問題はほかの国々の経済成長や適切な経済政策の欠如だ」と突き放しました。アイスクリームを食べながらの発言に、日本の当局者は衝撃を受けたのではないでしょうか。
英トラス政権の混迷も円安要因に?
10月17日
週明け、今度はイギリスからニュースが飛び込んできました。イギリス政府が大型の減税策のほぼすべてを撤回すると発表したのです。トラス政権の看板政策である大型減税は発表されると財政不安を招くとして英国債の金利上昇や通貨ポンドが下落し、市場からNOを突きつけられた形になって混乱が生じていました。

追い込まれたトラス首相は財務相を更迭し、減税案のほぼすべてを撤回することになったのです。この発表を受けて財政悪化への懸念が和らぎ、ポンドは買い戻されます。
為替相場は人気のないモノを比べるコンテストだと例えられることがあります。どの通貨が人気がないのか、不人気の通貨が売られるという理屈です。
今回、市場で懸念されていたポンドが買われ、ドルやユーロ、円と、主要通貨を比べたときに金利が低く、一番人気がない円が売られるという動きが起きました。
円相場は一時、1ドル=149円台まで値下がりして水準を更新。また、円はユーロに対しても1ユーロ=146円台半ばまで値下がりしておよそ7年10か月ぶりの円安ユーロ高水準となりました。
本当に金利差だけが円安の要因なのか?
ここまで円安が進むと別のことも考えないといけなくなってきています。根本的な要因は何なのか。
気になるのは日本の稼ぐ構図です。円安が加速を始めたのはことし3月。

なぜ、急激に円安に傾いていったのか。その答えの1つが経常収支です。日本が貿易や投資などでどれだけ稼いだかを示す経済統計。3月8日に発表されたことし1月の経常収支は2か月連続の赤字。赤字幅は過去2番目の水準にまで膨らみました。
原油価格の上昇で「貿易収支」が赤字となったことなどが主な要因でした。ある市場関係者は当時、日本売りの怖さが潜むとコメントしていました。
円の最高値は2011年につけた1ドル=75円32銭。1ドル=150円となったことで、通貨の価値はその半分に目減りしたことになります。
ある金融関係者は通貨安を次のように例えます。
「通貨価値はゴルフのハンディキャップに似ている。上手なゴルファーとうまくないゴルファーが一緒のホールで競い合うためのもの。世界経済というホールで一緒に戦うために通貨を安くしないとモノが輸出できないということだ。日本の今の円安はそれだけ安く、ハンディをつけないとモノが売れない、国の競争力低下のあらわれなのではないか」
いつかアメリカのインフレが落ち着き、景気が減速すればFRBは利下げに転じ、円高に向かうのではないかとの見方もありますが、根底に流れるものから目をそらさないようにしたいものです。